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afterstory オシロイバナの小心《6》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-07-07 11:00:02

アジサイ寺、というのは実は全国各地にたくさんある。

梅雨時期には、医学が発達していない時代には流行病で多くの病人や死人が出た為、亡くなられた人に手向ける花として、流行病の合った地域の寺に多く植えられているという。

パンフレットに書かれた文字を追ってからアジサイを眺めると、なんだか少し粛々とした気持ちにもなる。

医学が発達した現代だからこそ、こうして観光名所として花を楽しむこともできるのだけど。

「すご……綺麗」

「これだけのアジサイが集まると、圧巻ですね」

これまでの道や階段にも、勿論ずっとアジサイが植えられていた。

だけど、広い境内に出ると、思わず足を止めてため息が零れる。

鮮やかなピンクや青のアジサイが、薄曇りのしっとりとした空気の中、無数に咲き誇っていた。

最近は白いアジサイも人気があるらしいけれど、こうしてみるとやはり鮮やかな色彩には目を奪われる。

「綺麗ですね……お店の花壇に植えませんか。挿し木で割と簡単に根付いてくれるらしいです」

「季節に合わせて花を植え替えるのも大変ですし、それもいいかもしれませんけどね。花が見られる時期は減ってしまいますが」

「あ、カタツムリ」

ギザギザの葉っぱに、小さなカタツムリがのっそりと這っていた。

ナメクジは見ていて気持ち悪いのに、カタツムリはどうしてこんなに可愛く見えるんだろう。

殻を背負ってるだけなんだけど。

屈んでカタツムリの行方を追っていたら、ポツ、と水滴が落ちてきて葉っぱが揺れた。

「降ってきましたね」

と一瀬さんの声がして、ポンと傘の開く音が聞こえた。

ああ、降らないでいいのに。

相合傘なんて、緊張して何話せばいいかわからなくなってしまいそう。

アジサイの上に影が出来て、傘をさしかけてくれているのだとすぐにわかった。

このまましゃがんでいても仕方ない。

一瀬さんを待たせてしまうだけだ。

よし!

と、心の中でこっそり気合を入れて、振り向きながら立ち上がってすぐだった。

「え……わっ?!」

私の視界いっぱいに、一瀬さんの顔が飛び込んできた。

多分、私に向かって傘を差しかけて彼も屈んでいたのだと思う。

その事に気付かずに立ち上がった私は、驚いて不安定な体勢で後ずさり、身体を支え切れなくなった。

「ひゃ……」

「綾さん!」

さっき、しゃがんでいたから良く知っている。

この辺りは水たまりというほどではないけど少しぬかるん
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  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   afterstory オシロイバナの小心《6》

    アジサイ寺、というのは実は全国各地にたくさんある。梅雨時期には、医学が発達していない時代には流行病で多くの病人や死人が出た為、亡くなられた人に手向ける花として、流行病の合った地域の寺に多く植えられているという。パンフレットに書かれた文字を追ってからアジサイを眺めると、なんだか少し粛々とした気持ちにもなる。医学が発達した現代だからこそ、こうして観光名所として花を楽しむこともできるのだけど。「すご……綺麗」「これだけのアジサイが集まると、圧巻ですね」これまでの道や階段にも、勿論ずっとアジサイが植えられていた。だけど、広い境内に出ると、思わず足を止めてため息が零れる。鮮やかなピンクや青のアジサイが、薄曇りのしっとりとした空気の中、無数に咲き誇っていた。最近は白いアジサイも人気があるらしいけれど、こうしてみるとやはり鮮やかな色彩には目を奪われる。「綺麗ですね……お店の花壇に植えませんか。挿し木で割と簡単に根付いてくれるらしいです」「季節に合わせて花を植え替えるのも大変ですし、それもいいかもしれませんけどね。花が見られる時期は減ってしまいますが」「あ、カタツムリ」ギザギザの葉っぱに、小さなカタツムリがのっそりと這っていた。ナメクジは見ていて気持ち悪いのに、カタツムリはどうしてこんなに可愛く見えるんだろう。殻を背負ってるだけなんだけど。屈んでカタツムリの行方を追っていたら、ポツ、と水滴が落ちてきて葉っぱが揺れた。「降ってきましたね」と一瀬さんの声がして、ポンと傘の開く音が聞こえた。ああ、降らないでいいのに。相合傘なんて、緊張して何話せばいいかわからなくなってしまいそう。アジサイの上に影が出来て、傘をさしかけてくれているのだとすぐにわかった。このまましゃがんでいても仕方ない。一瀬さんを待たせてしまうだけだ。よし!と、心の中でこっそり気合を入れて、振り向きながら立ち上がってすぐだった。「え……わっ?!」私の視界いっぱいに、一瀬さんの顔が飛び込んできた。多分、私に向かって傘を差しかけて彼も屈んでいたのだと思う。その事に気付かずに立ち上がった私は、驚いて不安定な体勢で後ずさり、身体を支え切れなくなった。「ひゃ……」「綾さん!」さっき、しゃがんでいたから良く知っている。この辺りは水たまりというほどではないけど少しぬかるん

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   afterstory オシロイバナの小心《5》

    うう……せめて、ジーンズくらいもうちょっと小奇麗なもの履いてくればよかった。せめて、と腕まくりしたまま忘れてたブラウスの袖を直していると、一瀬さんが車を降りてしまった。あわわあわわと、急いでもう片方の袖も直し終えたところで、助手席側のドアが開く。「では、早く行きましょうか。綾さんのお腹の虫がまた泣き出す前に」「……それはもう、忘れてくださいよ」またからかわれたと拗ねて口を尖らせる私に、一瀬さんが冗談混じりの軽口を叩きながら、手を差し出した。「私も少々、限界なんです。下手したら合唱しかねませんから」……夢みたいだ。一瀬さんに、こんな風にしてもらえるなんて。ふわりと、心が浮き立つ。まさに夢見心地で、私はその手に自分の手を重ねた。落ち着いた雰囲気の、古民家を改造したようなレストランはしっとりと大人の雰囲気で、少しだけ緊張したけれどすぐに慣れた。イタリアンなのに、出て来たのがお箸だったからかもしれない。装飾も兼ねてなのか棚にはずらっとたくさんのワインが並べてある。「そう言えば、一瀬さんはお酒って飲めるんですか?」「そうですね、付き合い程度ですが」あ、すごく似合いそう。水割りとか、ワインとか?と、勝手に想像していたのだけど、棚のワインをちらりと一瞥した一瀬さんの言葉は予想に反したものだった。「まあ、私はビールか日本酒が殆どですけど」「えっ?! そうなんですか」「……そんなに意外ですか」あからさまに驚いた反応の私に呆れたのか、一瀬さんは苦笑いをする。「綾さんの目には私はどんな風に映ってるんでしょうかね、たまに不思議に思いますよ」「どんなって、見たまんまです。大人で、いつも落ち着いてて」「お酒はワインかブランデーでも嗜んでそうな?」「あは……すみません。そんな風に見えました」「ただのおっさんなんですけどね。貴女から見ればそれこそくたびれた」「えっ、くたびれたなんて思ったことありません!」とんでもない!素敵だなあと思いこそすれ、そんな風に見えたことなんて一度もない。それだけは主張しなければと、つい勢い余ってテーブルに乗り出し気味に答えたら、またくすりと笑われた。ほんと、私は一瀬さんに比べて落ち着きがない。それを笑われたのだろうと、落ち込みつつきちんと腰を落ち着けて椅子に掛け直す。だけど、呆れられたわけではなかった

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    くるくるくる、と頭の中で一瀬さんの言葉が回る。それを正しく理解するには、少しの時間を要した。これは、もしかして……デートのお誘いなのだろうか?それとも昼休憩的な。あ、でも。今、仕事が終わったら、って、言った。そう気づいた途端、ぶわわっと体温が上がって体中から汗が噴き出した。「あ、あああのっ、えっと」「今日のご予定は?」一瀬さんの声は至極淡々としたもので、私一人が体温を上げているような気がしてならない。「予定は、ない、です。ここだけ」だけど私がどもりながらもそう返事をしたら、ほんの少しだけ眼鏡の向こうで目元が緩んだのが、わかった。とても小さな変化だ。私じゃなければ、きっと見落としていた。早くしなくちゃ。せっかく誘ってくれて、手伝いにまで来てくれているのに余り待たせちゃいけない。それからは、急いで支度をした。広げたレジャーシートの上に、順に花を広げて汲んできてもらったバケツの水で水切りをする。明日の個展初日は勿論、期間中できるだけ長く花を保たせてあげないといけない。丁寧に仕上げたいけれど、もたもたすると逆に花を傷めてしまう。広げたデザイン画と実際の花を見比べながら、茎の長さを整える。てきぱきと作業をするうち、はじめは見られながら仕事をするのに緊張していたけれど、そんなことはすっかり気にならなくなっていた。途中から、一瀬さんの存在も忘れるくらいに集中していて。「できた……」全体像を眺めデザイン画と照らし合わせ、ホッと息を吐いた時、「綺麗ですね」と声をかけられて、思い出したくらいだった。わっ、と控えめではあるが、驚きの声を上げた私に、一瀬さんが苦笑いをする。「……忘れてました?」「いえ、そんな! その、ちょっと夢中になりすぎて」「集中されてましたからね」そうだ、すっかりお待たせしてしまったと、慌てて足元を見た。早く、片づけてしまわなければ。切った枝や葉があちこちに散らばっているのを、持参のミニ箒とちりとりで集めていて、ふと一瀬さんが微動だにしていないことに気が付いた。「一瀬さん?」振り仰ぐと、じっと私の創作した花を見つめたままで、不思議に思って名前を呼ぶ。呼ばれて初めて我に返ったかのように、一瀬さんは足元の私を見て同じようにしゃがんだ。「片づけますか。ゴミは私がまとめます」「どこか、変ですか?」「と

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    紗菜ちゃんに先に休憩に行ってもらい、私は一瀬さんに手伝ってもらって出来上がったブーケの撮影をすることにする。「すみません、ちょっと斜めに持っててくださいね」黒のエプロンを背景代わりにして、デジカメで撮影する。少し角度を変えて何枚か撮っていると、少し上の方から一瀬さんの声がした。「先日お電話があった、個展会場の花の活け込みは明日ですか?」「はい。お店も定休日だし、丁度良いと思って」専門学校を先に卒業した先輩の伝手のおかげで、ぽつぽつとフラワーデコレーションの仕事をいただいている。私はあくまでこのお店flowerparcの店員としてお仕事を受けたいと一瀬さんにお願いしたから、依頼は全てお店を通してもらっていた。といっても、まだ二つ目だけれど。依頼主の人とデザインの打ち合わせは済んでいるし、花も手配済みなので後は向こうで実物を仕上げるだけなのだけど、やっぱりまだ緊張する。デザイン画と違うとか言われたらどうしよう。今撮ったブーケの画像をデジカメの液晶画面で確認しながら、緊張を吐き出したくて溜息をついた。「画像、オッケーです。持っててもらってありがとうございます」「……お手伝いしましょうか?」「えっ? いえ、ちゃんと綺麗に撮れましたから……」一瞬、一瀬さんの言う「お手伝い」が今の新しいブーケの撮影のことなのかと思ったが、どうやら明日のことのようだった。「明日、おひとりでは大変でしょう」「いえ、大丈夫です。折角の定休日なんだし、一瀬さんはゆっくり休んでください」デジカメから目線を外して、一瀬さんを見上げた。ほんの少し眉根を寄せた表情に、何か気を悪くさせてしまっただろうかと首を傾げる。「綾さんも、一週間ぶりのお休みでしょう。それに確か先週の休みも打ち合わせじゃありませんでしたか?「大丈夫です! 好きなことですし、打ち合わせなんてほんの二時間程度でしたし」どうやら心配をかけてしまっていたみたいで、私は慌てて首を振って大したことではないと主張した。さすがに明日は、二時間というわけにはいかないだろうけれど。余計に気を遣わせてもいけないし。そう考えて敢えて言わずにいると、一瀬さんが小さく溜息をついた。ような、気がした。「……では、明後日は綾さんはお休みにしてください」「えっ? 大丈夫です、ちゃんと」「休んでください。一日くらい私

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   afterstory オシロイバナの小心《1》

    恋をした。一世一代の大決心で告白をしたけれど貴方は返事をくれなかった。私から見て貴方はとても遠くに感じるくらい大人で貴方から見たら、きっと私はとても小さな存在だったのだろうと思うどんなに私が走っても年の差は埋まらないしそれでも走って走って代わりに埋められる何かを探した約束の二度目の告白を果たすために********************************「ありがとうございます。 私も好きですよ」拍子抜けするほどにあっさりと手に入ったらしい彼の心二年越しの恋は両想いで始まった……のでしょうか?温度が足りない。――――――――――――――――――――――――――――今年の梅雨は、どうやら空梅雨という予想らしい。テレビの中で、気象予報士のお姉さんが「もしかすると」を強調して話していた。初夏の気候が梅雨明け後の真夏を思わせる気温の高さで、既に日傘が手放せない。六月に入っても週間天気予報はずっと晴れの予報だった。「今日も暑そうですねぇ」アルバイトの高見紗菜ちゃんが、窓の外の陽射しを見ながらそう言った。ここ花屋カフェFlowerparcは通りに面した全面がガラス張りになっていて、陽当たりもよい。強い陽射しは通りに並ぶ街路樹が和らげてくれるが、さすがにこの頃は眩しすぎてロールカーテンを窓の半分ほどまで降ろしていた。「ああ、やだやだ。またこの陽射しのなか大学まで行かなくちゃいけないのぉ」「良かったら日傘貸しましょうか?」項垂れる彼女に、私、三森綾はくすくす笑いながら日傘の提案をしたけれど。「必須アイテムですよ!当然持ってます!それでも暑いんです」と、再度行きたくないアピールをした。確かに陽射しは防げても体感温度は余り変わらないかもしれない。アスファルトからの照り返しは直撃なわけだし、大学までそれほど遠くなくても間違いなく汗だくにはなりそうだ。紗菜ちゃんは、近くの女子大生らしい。講義の無い時間帯を選んで、割とまめにシフトに入ってくれている。作業台で撮影用の花束を作りながら話していると、紗菜ちゃんが手元を覗き込んでくる。「スィーツプレートとセットのミニブーケですか?」「そう。季節も変わるしそろそろ新しいパターンにしましょうかって、ことになって。可愛い?」今作っているのは定番のガーベラの花

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